5月9日
今日は、いつものように斬撃から始めまして大森流、そして英信流表までおこないました。 感覚が鈍っているのか、あまり自分の悪いところが感じられませんでした。
途中であまり考えないで違和感を感じたところ見直すようにしているのですが、良くないところに気付かないでそのままにしているようにも思います。 次回、動画に撮って確認をして見ます。 最後に太刀打の一人稽古を久しぶりに、おこなってみましたらいろいろな事を忘れているようです。時間を見つけて教えていただいたことは全ておさらいしていくようにします。(浩) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 自分の姿を確認するのも稽古方法の一つですので、上達のために色々な方法を試してください。こぶ王の世界では一度教わった事は、二度三度と教わることはありません。一度教わったことは自分のものになるまで徹底的に一人稽古を重ねてください。道場での稽古は、その成果の確認にすぎません。(貫汪) |
5月2日
ついこの間まで、稽古の際に寒さ対策をしてしてたようですが、今日は動くと汗ばむような暑さでした。
季節の変わり目は体調を崩しやすいのか、弟弟子は病気で稽古はお休みです。 気を付けなければいけません。 さて今日の稽古ですが、連休前で仕事が長引き、時間が短めでしたので、集中して形を一通りやり切ろうとしたのですが、どうも調子が悪く細かい部分がうまくいかない処が多くありました。 そういう時は、気持ちを切替えて、肚を忘れないようにすることと呼吸だけを気をつけ、落ち着いて出来る分だけの稽古することにしました。 調子が悪いのは心の問題です。 平常心になることが大切だと思います。(浩) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 居合の稽古は特別なことをしているわけではなく、日常の心の状態・体の状態がそのままに現れるものです。道場に入ったからと言ってそれが急に変化するものではありません。道場の外での工夫が大切です。(貫汪) |
4月25日
私は、意識していないと斬撃において、刀を振り上げたときに首が前に出でしまいます。
首が前に出てしまうと、身体の軸が崩れてしまい無駄な力みが入ってしまい首こり、肩こりの原因となります。 知り合いの小学生で平坦な場所で、つまづいてもないのに転んでしまう子がいます。 彼の動きを見てますと、首が前後左右にぐらぐらと揺れていて、それに身体がつられています。 子供なので体軸を保つように言っても、無理なようですので、走ったり飛んだり運動するときは、下を向かないように前を見るように助言しています。 その時はまだいいのですが、無意識で出来るようにならないと、すぐに癖が出て下を向き転んでしまうようです。 私の斬撃の時の首の動きも、無意識で自然に出来るようにしていかなくてはなりません。(浩) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ かなりの方が刀を振りかぶるときに首が前に出てしまいます。これは体の前に位置している刀を「振り上げよう」と思う事で、刀に首(体)がとられることによってそうなっています。 「刀を振りかぶる」という思いが、体の全面上部のみを用いさせ、その働きで振りかぶりが行われているので首が前に出てしまいます。首を前に出すまいとするのは対処療法にすぎませんので、かえって動きを駄目にしてしまいます。振りかぶりを以下のように変えてください。 振りかぶろうと思わない事。腕肩などを一切使わず、臍下の働きのみで刀がひとりでに動くよう工夫する事。 日常生活でいつでもできる稽古です。 こんなことはできないと思っていれば、いつまでたってもできるようにはなりません。(貫汪) |
4月18日
暖かくなり、稽古もし易くなりました。 花粉症の季節も一段落したようですが、天気が良いと黄砂なのか車のボンネットや屋根の上には砂のようなものが積もります。 私は花粉症ではないのですが、この黄砂と思われるものに反応して鼻詰まりを起こします。 今日も鼻詰まりで苦しいので、自然に普段より深い呼吸をしながら稽古いたしました。
初めは自分でも動きが硬いのが感じられうまくいきませんでしたが、後半は呼吸に助けられ、少しずつ柔らかくなってきたようでした。 この後半の動きを次回の最初から出せるといいのですが。(浩) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 呼吸に動きをのせるのは基本です。意図的に呼吸を音に出して呼吸と動きとの関係をお示ししたこともあると思います。基本としてお教えしたことは一つも疎かにせず稽古を重ねてください。 稽古の初めから本当の稽古をしたいのであれば、道場へ向かうまでの間に心と体を整える工夫をしてください。稽古は道場の中だけで行うものではありません。(貫汪) |
4月11日
前回と同じことを気を付けながら形をおこないました。
大森流では、抜付けの直前に握ってしまい、もう一歩の工夫が必要です。 英信流表では、全般で力んでしまいがちで、まだまだです。 力みが取れると身体が左右に開いたり 中心に向かって閉じたりすることで刀を運ぶことや、一方が上がれば、他方が下がること、各部が連動して動いていること、そしてその中心が臍下にあることが、感じられる様になります。 力みを取り除くことを、常に意識して稽古いたします(浩) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大森流の正座からの抜付けよりも英信流表の抜付けの方が力みにくく動きやすいはずですが、英信流表の方が力んでしまうという事は座り方が正しくない可能性、座法の違いからくる抜付けの違いが理解できていない可能性があります。再確認してください。 蛇足ながら無雙神傳英信流では大森流の正座、英信流の立膝という言い方はしますが、夢想神伝流のように大森流を正座、英信流表を立膝という呼び方はしません。雙神傳英信流に関する流派の歴史や用語についてもしっかりと身につけてださい。(貫汪) |
4月4日
今日の稽古の後半は、抜付けを主におこないました。
私は演武会の後で先生にご指摘を受けましたように、抜付けの最後で右手で刀を握って振ってしまっていることと、抜付けの後や血振りのとき力まないようにするあまり腑抜けになって腕の動きにつられて上体がふらつくことを気を付けてみました。上体がふらつくのは、きちんと意識を持って稽古すれば直るであろうと見当がつくのですが、抜付けの最後はしばらく苦戦しそうです。 弟弟子は、柄に手がかかった時点で腕や上半身が力んでおられるようですが、そのことが感じられないのかそのまま抜いてしまわれます。 まずご自分の力みを感じてもらうようにして、感じたら其処で止めてもらうようにいたしました。 ここを通らねば次には進めませんので、暫くは抜付けが稽古の主になります。(浩) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『無理無駄なきことは達人の定義』ですが、稽古をしていれば自然にそうなるのではなく、初めから無理無駄なきことを求めなければその境地に至ることはありません。体の状態が自然に調和がとれているならば腑抜けになってしまう事も刀を振り回してしまう事もありません。基本は力まない事ですので基本を身につけることなく刀を振ろうと考えてしまうのは沼地の上に家を建てようとするようなものです。心して稽古してください。(貫汪) |
3月28日
今日は、演武会の稽古をいたしました。
手順を追うだけではなく、今まで行ってきた抜付けや斬撃、血振り、納刀を今一度確認しながらおこないました。 幸いに今日の体育館は、換気扇の音が大きく聞こえるほど静かで集中できましたので、一回一回の微妙な違いを感じることができました。 いろいろ考えてしまうと、とても困難に感じうまくいきません。 考えることを極力控え、感覚を頼りにおこなうことが大切だと感じました。(浩) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 考えながら稽古をすることは上達を阻害します。工夫するのであれば、形を一通り行った後に、今の形はどこがいけなかったのかを省みて、どのようにしたら改善されるのかを工夫して、動く前に動かずに意識の稽古をして、そののち考えることなく動いてください。考えながら動くというのはもっとも駄目な稽古ですので気を付けてください。(貫汪) |
3月21日
今日は、土曜日の復習の稽古をいたしました。
私は、特に抜付けに注意を払い大森流の形をおこないました。 最低限の力で力まない様に、右手を振らないように気を付けて抜付けました。 しかし多くは抜付ける直前にどうしても右手を使ってしまいます。 もう一歩ゆるみが足りないようです。 弟弟子は、ご指導いただいたことを忘れて、自分勝手に動いてありましたので、ご指導を受けたことを思い出していただくようにしていただきました。 演武会のことも気になりますので形の稽古もいたしましたが、抜付けの課題に取組んでまいります。(浩) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ よい稽古をされたようです。抜付けのレベルが高まれば、必然的にそれを基準にした他の動きのレベルも高くなっていきます。 右を使うのは、動きの面では臍下丹田という体の中心が体感できておらず、体が開いていないという事です。また、意識の上で「抜ける」という感覚ではなく「自分で抜く」という思いが強い状態です。まず心の問題を解決してください。心の問題の比重が大きいと考えます。(貫汪) |
3月17日
先生にお越しいただいて稽古をつけていただきました。
初発刀を初めとして形をおこなっていくつもりが、最初の鞘に手がかかった段階で力む癖が抜けず、ここだけの稽古に大変手間取りました。 そして次の抜付けでも無理無駄な力を使っていまして、その訂正にまた苦戦いたしました。 ここまでで今日の稽古のほとんどの時間を使ってしまいましたが、それでも抜付けはまだきちんとは出来ませんでした。 ただ、力まないと言う感覚が、少しずつですが身体でわかって来たように思います。 今日は殆どが抜付けるまでの繰り返しでしたが、大変有意義な稽古でした。(浩) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 厳しい言い方ですが、今までの稽古は我儘な動きをそれで良しとされ、真の居合を求めようとはされてこなかったと思います。上達が速やかな方というのは、抜付けに至る動きが、自分自身如何に駄目であり出来ぬものであるかを自覚され、自分と戦いながらもがきながら、時には自分の今ある状態のふがいなさに、どうしようもない絶望的な思いを持ちながら自分自身に打ち勝ってきた方です。 居合の生命と言える抜付けにおいて、それほどまでの自覚をもって稽古してこられていなかったとしたら、上達に手間取るのは当然の事であり、出来ぬのも当然の事です。上達の方法論としての形というのはそんなに甘いものではないのですから、形の手順を覚え、それらしくできるようになればよいといういい加減なものではありません。 今後の稽古は必死の思いで自分自身と戦ってください。(貫汪) |
3月14日
中学校の武道場で稽古するときの隣の少年柔道の声は、殆ど気にならないのですが、今日は、部屋の外が大変騒がしく集中できませんでした。
まず座って、心が静まってから刀を抜くようにいたしましたが、自分の中にいろいろな感情が起こり、遅々として前に進まない様な感覚がありました。 心の問題は非常に厄介なものです。 気持ちの持ちよう、在りようで今まで慎重に稽古してきたものがいっぺんに吹き飛ぶようです。(浩) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 心こそ心まどわす心なれ 心に心こころゆるすな 体が静まらねば、また、心も静まることはありません。(貫汪) |




