スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

11月25日

 大森流と英信流の抜付けばかりを稽古しました。
刀を抜けない、無理には抜かないところから始めまして、自分ひとりでは中々上手くいかず苦戦しておりましたが、途中から師範代にずっとついていただきましたので、後半はずいぶん良くなったように感じました。
 このまま教えていただいたことを変えてしまわない様に注意を払いながら稽古を続けていきたいと思います。(浩)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「初心忘るべからず」
 この言葉はどの段階にでも当てはまります。むしろ上達してからの道をそれないための教えと考えたほうが良いくらいです。
 動きに手馴れ多少自由がきくようになると、初心の段階の「無理無駄なく」という思いは何処かへ行き知らず知らず自分の我にまかせた稽古になりがちで「無理無駄なく」ではなく「より強くより速く」という思いに、また自ずと「抜ける」のではなく「抜く」という思いにとらわれるようになってしまいます。
 無理無駄が無ければ刀は「抜く」のではなく自然に「抜け」、強さ速さは何をしなくとも、そのうちに生まれてきます。心が動きを邪魔してしまいますので、くれぐれも御自身の心に油断されないで下さい。(貫汪)
スポンサーサイト

11月21日

先生にお越しいただき、1日だけでしたが、ご指導いただきました。
今回から長い刀を貸していただいたので、これまでと全く別の稽古に思えました。座ることから、抜き付けまででしたが、いかに無駄な力を使わず、身体の微妙な動きで業をすることの難しさを改めて痛感しました。
抜けないと感じたら、そこから先の稽古はせずにやめること。そこで修正すれば、別のものとなり、間違った方向に行ってしまうということを肝に銘じなければと思いました。
鞘がはずれない時は、さらに緩むということが、なかなかできません。緩むことと鞘を引くことだけに集中したとき、先生にその感覚を忘れないようにと、仰っていただきました。
まだ、斬撃の時の感覚がつかみきれていませんが、全身を緩ませることと、つながりを忘れないこと、鞘をはずすことなど、指導していただいたことを忘れず、自分の動きを修正していきたいと思います。(幸)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 刀は師範代が以前使用していた刀です。師範代の好意でお貸ししています。
 前回、師範代が稽古を見たときに、お持ちになっている刀が上達を阻害している可能性があると気づき、相談を受けて、師範代の刀を遣っていただきました。師範代の考えどおり、刀がレベルを上げています。師範代の眼もそうとうな高さですので、久留米で稽古をされる時は不明な点は師範代に何でもお尋ねください。
 今回は非常に良い気付きをされ、質の高い稽古をされていますので、焦らずにゆっくりと自分自身の変化を楽しむつもりで稽古を重ねてください。焦らずとも道は自ずと開けてきます。(貫汪)
 

11月11日

 新しい会場で初めての稽古でした。隣で柔道の教室がありましたが、子供が咳をしながらしていたのが多少気になりました。私も治りきっていないのですが、風邪が流行っているので気をつけたいと思います。
 前回、教えていただいたように、腕のりきみを極力抜くことを心掛けながら、大森流を一通りこなしました。手の内がどうしても決まらず、刀から離れてしまいそうになるので、腕と刀が途切れないことを心がけました。その後、英信流表を通して指導していただきました。手順を覚えるだけでも精一杯ですが、その中でもやはり極力りきまず、ゆっくり動くように心がけましたが、重心移動や抜き付けなどまるでしっくり来ませんでした。まずは、刀無しで身体の動きをスムーズにできるように練習したいと思います(幸)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ よい稽古をされています。努力されているように、業は体の力みを抜く事から始まります。いくら同じ手順で、同じ外見であったとしても力みが抜けていない動きは真似事に過ぎません。力みがなくなったとき初めて体は動き始めます。
 日常生活で力みを無くす事を心掛け続け、刀を腰にしても力まないようになれば刀の助けをかりて何も持たないときよりもさらに楽に体は動きます。
 引き続き工夫を重ねてください。(貫汪)

11月4日

  先週木曜日の道標に、浮雲の抜付けの事が書かれてありましたので、今日はそのことを参考に稽古しました。 抜き付けと同時に体が固まってしまい、全てを台無しにしてしまう方が多く居られるとあります。 私が浮雲の抜付けが上手くできないのも体を固めてしまうからでしょう。 では、どうしたら体を軽くしたままで抜付けができるのでしょうか。 その日の道標の後半に抜付けは体の落下によって行われると書いてあります。 落下が始まると同時に抜き付けを行えばよいと考え、何回も試してみましたが、そう簡単には上手くはいきません。 師範代に助言をいただいたり、手本を示していただいたりして、だいぶ修正したつもりです。 刀を持たず両手で拍子を取りながら行った場合は、いくらか良くなってきましたが、刀を持つとバランスが変化するのか前に膝まずいたり、尻餅をついたりします。 今後しばらく悩みながらの稽古が続きそうです。(浩)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 浮雲は至難中の至難の業で、これができるようになれば他の多くの形もできるようになるといっても過言ではありません。何年もかけてじっくりと自分の無理無駄をなくしていき始めてみえてくる形です。
 浮雲以外の形で少しでも自分の力を使っていたり、体を固めていたりすれば絶対に浮雲はできるようになりません。他の比較的動きが簡単な形で自分の動きを検証しつつ平行して浮雲の自分自身の動きを検証してください。居合は全て自分の力に頼る事はしません。動きは生まれてくるのであって自分で作り出すものではありません。道歌に

  浮雲   麓より吹上られし浮雲は
            四方の高根を立つつむなり

 とあります。動き始めは自分が動き、立ち上がるのではなく、まさしく「吹上られ」ます。このとき、体重が消えていなければ後の動きは不可能です。工夫してください(貫汪)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。