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5月26日

 稽古している自分の姿を動画に撮って後で観たり、または、鏡を見ながら稽古して感じることは、自分で思い浮かべる動きと、実際の動きとに時々ずれが生じると云う事です。 そのずれを認識し、修正することは大変意味のあることだと思います。 自分の頭の中の動きと同様に動けることは上達には不可欠であり、ただでさえ多くない稽古時間を削ってでも動画撮影は役立つと思います。(浩)
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 写真や動画は自分の至らぬところを知る為の大きなヒントとなります。鏡は見ながら行うと鏡に居付いてしまう事があるので要注意です。稽古方法を工夫しながら上達してください。(貫汪)
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5月19日

 気温と湿度が高く、袴が足にまとわりつく季節になりました。 それで今日は、限られた形で抜付けや運剣を繰り返し稽古することにしました。 大森流は初発刀のみ、英信流表は横雲、虎一足、稲妻の形だけ稽古しました。 以前は、大森流の正座からの抜付けよりも英信流の座法からの抜付けの方が難しく感じられたのですが、今は英信流の方が易しく感じられます。 半身になって座っていますので当然のことなのですが、そういう普通のことを普通に感じられるようになったことは変な癖が取れてきたのではないかと思います。(浩)
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 たしかに進歩されたのだと思います。基本に忠実に成すべき事を確実に身につけていけば体の動きはますます楽になり、手を用いる事も無くなり、体が緊張する事もありません。
 ただし気をつけなければならないのは、楽になったと感じても、抜付けで柄頭が敵にむかず、右のほうに向かっていたり、斬撃では肚が働かず、ただ手先でゆっくりと振ってしまっているだけの事もあります。できれば動画で自分自身の動きを確認してみてください。(貫汪)

5月12日

 先週は、休日で道場に誰もいませんでしたので静かに稽古できましたが、今週は隣の少年柔道にはいつもより多くの子供たちが集まっていまして、大変騒がしかったのですが、不思議に今週のほうが集中して稽古できました。
 大森流と英信流表をおこないまして、体のどこも力まず凝り固まりを作らないことに特に気をつけておこなってみました。 やはり所々では力まないと動けないこともあり、そこで止まってしまいますので、何度かやり直すのですが修正できず自分の体の癖との戦いのようです。(浩)
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 集中できたということは、自分の動きがより高いレベルで理解でき始めたということだと思います。同じ動きでも、そこから百の情報を得ることができるのか十しか情報を得ることができないのかでは、その動きに対する集中力は異なるものです。
 ある程度稽古が進めば自分自身との戦いが続きます。何が正しいのか何が正しくないのかがわかっているからで、正しい動きを求めようとすると、自分の動きのあやまちをを正さるを得ず、自分の動きを崩しているのはほかでもない自分自身の心であるとわかるからです。自分自身に負けぬよう稽古を続けてください。(貫汪)
 

京都下鴨神社

 5月4日の下鴨神社のみでしたが、京都での演武会を見学に行って参りました。 一部の方は別として、一般観光客や参拝者は、非日常的なものに眼がいくようで、鋭い気合を発したり、甲冑や貴族のような着物を身に着けて演武される流派に注目が集まるようでした。 また、演武される場所が2箇所でしたので、観てみたい演武が重なることもあったり、当日の強い日差しを避けて尚且つ、見易い場所を確保するために動き回ったりと少々骨が折れました。 明らかに腕の力で刀を抜いたり振ったりしてられる方々の動きは観てとれましたが、未だ武術を観る確かな眼は持っていませんので、どの流派が如何だとか演武されている人のレベルがどのくらいだとはあまり分かりませんでした。 今後も機会があればこのような演武会を見学して武術を観る眼を養っていきたいものです。(浩)
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 よく、見学にお越しくださいました。初めはわからなくとも自分の腕が上がるにつれ他流派のすばらしい動きはやがて見えてきます。
 腕力を用いている、いないという事が見て取れたということは大きな進歩です。日ごろ見慣れていない他流派の演武でそのようなことを見て取れるのは稽古の成果だと思ってください。
 素人の評価を気にしていては武術は見世物に化してしまいます。素人の目で見て判断できるようなものであれば、経験をつんだものには簡単に見破られてしまうものです。少しでも素人目に上手に見られたいと思ったときには道を間違え始めているということですので、自分自身を戒めなければなりません。(貫汪)
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