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2月29日

 月曜日に出来なかった形の続きをおこないました。 私は、英信流表を弟弟子は大森流の続きを稽古いたしました。
そして今日は、斬撃の後大森流を最初から通しておこないました。
 まだ力みが十分に取れませんので、刀を握り振ることで不要な力を使っています。 今は、刀なしで稽古したほうが楽です。
刀を持ったほうが、その重さを使って楽に動けるように稽古をしてまいります。(浩)
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 刀があってもなくても、臍下丹田を中止に動き、臍下丹田中心の動きが末端へとつながっていく稽古を心がけてください。自由にならぬ刀を何とかして自由に扱おうとする稽古からは動きは生まれてきません。刀は手の内をつうじて体の一部とならねばなりません。(貫汪)
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2月22日

 二人ともそうなのですが、仕事の都合で19時からは稽古が始められません。前後の着替えと後片付けを差引くと、一時間余しか稽古できません。
後半は時計を気にしながらになりますので、毎週ではないにしろもう一日稽古することにいたしました。 
 今日も時間が来まして、途中で終えざるを得ませんでした。 かと言って、急いで流すような稽古になっても意味はありませんのでいつもジレンマに悩まされていました。
 暫くは、時間と場所を考慮しながらの不定期な稽古になります。
まず、次週月曜日に城南中学校剣道場で今日の続きをおこないます。(浩)
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 週に一度の稽古が上達のためには不可欠であり、このペースの中で1度でも稽古できない日があれば2週間連続稽古していないことになります。そうなると、自分自身で日常生活の中でよほど稽古できる人でなければ上達は困難です。
 週に一度の稽古も時間が十分に取れないようであれば、工夫されているように稽古日を増やすことが必要となると思います。自分が日常生活の中でどれほど工夫し、稽古しているかも含めて充実した内容のある稽古ができるようにしてください。(貫汪)

2月15日

 弟弟子が、ぎっくり腰でお休みでしたので一人稽古をいたしました。
一人だと写真に撮っての確認も困難ですので、自分の感覚の確認のみになりますが、座っている姿勢を大切にして、ひとつの形を行ったら座りなおし身体各部の位置を確認して稽古を進めました。
一回一回きちんと座ることは改めて云うまでもない当たり前のことですが、意識するとしないとは大違いで、気付かないで過ぎていた間違いが少しずつ感じられるようになりました。 ただ稽古時間の配分を考えなくては、できないことが増えます。
 英信流の立膝の座法は、正座と違って稽古以外にすることはありませんので、感覚も鈍いようです。日頃から座るようにして数をこなすことも必要かと思います。(浩)
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 立膝は人生で初めて行う座り方ですので稽古しなければできるようにはなりません。居合は無理なく自然に座れていなければ、いくら抜いたところで居合にはなりません。土台ができていないのに大きな建物を建てようとするようなもので、それでは形を似せたに過ぎず、業といえるものではありません。
 私は、英信流を習った後には何とか座れるようになるために毎日10分は自宅で立膝に座る稽古を繰り返しました。それくらいしなければ英信流はできるようにはなりません。稽古を重ねてください。(貫汪)

2月8日

 弟弟子と稽古をしてますと、どうしても大森流ばかりになります。
今日は彼が用があってお休みでしたので、独りで英信流表を主に稽古いたしました。
立膝からの抜付けは、座っている時に既に半身になっているので簡単なはずですが、どうしてもぎこちなさを感じます。 唯一「横雲」だけは大森流と同じくらいおこないましたので、同じような感覚でできます。
時間を見つけて出来るだけ満遍なく稽古していきます。(浩)
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 今使っている木刀は、仕事帰りにある武道具店に立ち寄って購入したのですが、店主はどこにでもいる話好きのおじさんという印象だったと思います。 
  先日その店主が、店の駐車場横につないでいた犬を蹴っていた男性と口論になり、その人を突き飛ばしてしまい、頭を打って翌日に亡くなり、店主は傷害致死で逮捕されるという事件がありました。 若いころから剣道をされていて体格も良かったと記憶していますが、武道武術をされている方にありがちで、腕っ節に自身があってつい手が出たのかもしれません。 武術をおこなっている者として他人事ではないかもしれず、いつも考えておかねばならないことです。(浩)
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 上達は自分自身でなさねばならぬものですので、弟弟子に構うことなくご自身の稽古をされてください。一度手直しをしたら、手直しされた者がそれを求めていくという稽古のほうが後進も上達します。先に行くものが上達することがなければ後から来る者も絶対に上達することはありません。
 武道をするものは慎まねばなりません。それと同時に周到でなければなりません。いわゆる古武道は試合をして勝ち負けを競うという事はありません。日常生活すべてにおいて稽古してきたことを生かしていかなければなりません。日常生活においても繊細な感覚で、こうすればこうなるという読みがなければまた技の上でも上達はありません。(貫汪)

2月1日

 先日の稽古会で先生より教えていただいたことを口に出して言ってから、おさらいをいたしました。
弟弟子にも口に出して言ってもらい稽古していただきました。
その後、二人で斬撃、大森流とおこないました。 
やはり一朝一夕には、上達しません。 弟弟子もいろいろ試みてあるようですが、自分でさも悪いところ、改善すべきところがいくつも見て取れます。
人に教えることは自分の確認ですので、きちんとやっていきたいと思います。(浩)
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 人の悪いところ改善すべきところが見えているというのは上達にとってはよい傾向です。その次に自分自身が見えてくるように努めなければなりません。しかし自分自信を見ることは難しく、それ故に自己満足や増上慢になりやすいのです。己を知ることができれば謙虚であらざるを得なくなります。
 己を知るためには道場だけでの稽古では絶対的に不足で常日頃日常生活の中での修業が欠かせません。(貫汪)
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