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3月28日

 今日は、演武会の稽古をいたしました。
 手順を追うだけではなく、今まで行ってきた抜付けや斬撃、血振り、納刀を今一度確認しながらおこないました。
 幸いに今日の体育館は、換気扇の音が大きく聞こえるほど静かで集中できましたので、一回一回の微妙な違いを感じることができました。
 いろいろ考えてしまうと、とても困難に感じうまくいきません。 考えることを極力控え、感覚を頼りにおこなうことが大切だと感じました。(浩)

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 考えながら稽古をすることは上達を阻害します。工夫するのであれば、形を一通り行った後に、今の形はどこがいけなかったのかを省みて、どのようにしたら改善されるのかを工夫して、動く前に動かずに意識の稽古をして、そののち考えることなく動いてください。考えながら動くというのはもっとも駄目な稽古ですので気を付けてください。(貫汪) 
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3月21日

 今日は、土曜日の復習の稽古をいたしました。
私は、特に抜付けに注意を払い大森流の形をおこないました。 最低限の力で力まない様に、右手を振らないように気を付けて抜付けました。 しかし多くは抜付ける直前にどうしても右手を使ってしまいます。 もう一歩ゆるみが足りないようです。
 弟弟子は、ご指導いただいたことを忘れて、自分勝手に動いてありましたので、ご指導を受けたことを思い出していただくようにしていただきました。
 演武会のことも気になりますので形の稽古もいたしましたが、抜付けの課題に取組んでまいります。(浩)
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 よい稽古をされたようです。抜付けのレベルが高まれば、必然的にそれを基準にした他の動きのレベルも高くなっていきます。
 右を使うのは、動きの面では臍下丹田という体の中心が体感できておらず、体が開いていないという事です。また、意識の上で「抜ける」という感覚ではなく「自分で抜く」という思いが強い状態です。まず心の問題を解決してください。心の問題の比重が大きいと考えます。(貫汪)

3月17日

 先生にお越しいただいて稽古をつけていただきました。
初発刀を初めとして形をおこなっていくつもりが、最初の鞘に手がかかった段階で力む癖が抜けず、ここだけの稽古に大変手間取りました。
 そして次の抜付けでも無理無駄な力を使っていまして、その訂正にまた苦戦いたしました。 ここまでで今日の稽古のほとんどの時間を使ってしまいましたが、それでも抜付けはまだきちんとは出来ませんでした。
ただ、力まないと言う感覚が、少しずつですが身体でわかって来たように思います。
 今日は殆どが抜付けるまでの繰り返しでしたが、大変有意義な稽古でした。(浩)
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 厳しい言い方ですが、今までの稽古は我儘な動きをそれで良しとされ、真の居合を求めようとはされてこなかったと思います。上達が速やかな方というのは、抜付けに至る動きが、自分自身如何に駄目であり出来ぬものであるかを自覚され、自分と戦いながらもがきながら、時には自分の今ある状態のふがいなさに、どうしようもない絶望的な思いを持ちながら自分自身に打ち勝ってきた方です。
 居合の生命と言える抜付けにおいて、それほどまでの自覚をもって稽古してこられていなかったとしたら、上達に手間取るのは当然の事であり、出来ぬのも当然の事です。上達の方法論としての形というのはそんなに甘いものではないのですから、形の手順を覚え、それらしくできるようになればよいといういい加減なものではありません。
 今後の稽古は必死の思いで自分自身と戦ってください。(貫汪)
 

3月14日

 中学校の武道場で稽古するときの隣の少年柔道の声は、殆ど気にならないのですが、今日は、部屋の外が大変騒がしく集中できませんでした。
まず座って、心が静まってから刀を抜くようにいたしましたが、自分の中にいろいろな感情が起こり、遅々として前に進まない様な感覚がありました。 心の問題は非常に厄介なものです。 気持ちの持ちよう、在りようで今まで慎重に稽古してきたものがいっぺんに吹き飛ぶようです。(浩)
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 心こそ心まどわす心なれ 心に心こころゆるすな

 体が静まらねば、また、心も静まることはありません。(貫汪)

3月7日

 今日は、いつもの体育館が借りれませんでしたので、別の場所で稽古いたしました。
ただこちらの場所は、19時に着けましたので長めに稽古できました。
先日の講習会の復習で大森流を主にいたしましたが、英信流表も少し稽古できました。
 講習会後の稽古では、自分の動きがあまり良くない様にいつも感じます。
たぶん身体の動きではなく心の持ちようがいつもと少し変わっているためだと思います。
これからは、想いが身体に影響することも考慮して稽古して参ります。
 弟弟子は、今回はじめて習われた、陰陽進退と流刀をおさらいしてありましたが、手順を追うことばかりで精一杯のようでしたので、私が気付く範囲で間違ってあるところや注意すべきところをお教えいたしました。(浩)
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 講習会で理念が今まで以上にわかり、今までの駄目な動きに違和感を感じてしまうので動きが良くないように感じるのではないですか。つまり上達しようと変化し始めているのに自分の心が過去に安住したいために違和感を感じるのではないかと思います。そうであれば上達につながる良い兆しですので、何をもって良くないように感じているのかをよく分析してください。(貫汪)
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