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8月29日

 今日は、初心者の方も前から稽古されてある方も出席されましたし、見学者も居られましたので、まずは皆さんに刀礼と歩いていただきました。
 それから、それぞれで課題を見つけられて、取り組んでおられました。
 今日稽古したことを忘れないうちに日常でも工夫をして、稽古を続けていきたいものです。(浩)
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 形稽古で陥りやすい過ちは形を見事に行おうとし始めることです。礼法であっても歩むことであっても、回数を重ね慣れてきたころに、そのような過ちに陥りやすいのです。
 人よりも年数を重ねていると思ったり、稽古回数が多いと思った時にはすでに間違った方向へ進んでいます。
 毎回新たな気持ちで毎回新たな事に取り組む心構えで稽古してください。(貫汪)
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8月22日

 今日もまた刀礼、歩法そして肩が上がらないように注意して斬撃を稽古いたしました。
 我々は、斬撃や形のような明確な動きがあるようなことばかりを稽古しがちです。
 きちんと礼が出来ていなかったり、立ち上がれなかったり、刀を持つ手が力んでいたりと稽古してもその効果が分かりにくいことを簡単に通り抜けて、先へ進もうとしがちです。今までの私もそうですし、他の門下生にもそのような傾向がありました。  
 一つ一つの積み重ねですので、今回教えていただいたこと、ご指導を受けたところの課題を改善して先へ進もうと思います。(浩)
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 よいところに気づかれました。決して忘れることなく続けてください。「きちんと礼が出来ていなかったり、立ち上がれなかったり、刀を持つ手が力んでいたり」というところは日常生活でもできていないところだと思います。つまり日常生活の動きを工夫するだけで稽古はいくらでもすることができます。
 気づかれたところの質が高くなれば形の動きも自然とよくなっていくものです。(貫汪)

8月20日

 ご指導いただいたことを、間隔があいて忘れてしまわないように初心者の方と稽古いたしました。
 歩く度に頭が左右に揺れたり、半身になると歩き方がぎこちなくなったりと二人とも課題が山積みですが、慎重に稽古を続けて少しずつでも改善してまいります。(浩)
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 稽古の主眼は無理無駄をなくすことであり、歩もうとか、立とうとか、半身になろうとかいう思いが先に立てば、それ以降は駄目な動きにしかなりません。
 歩けない、立てない、半身になれないという自覚ができるところからしか上達し始めません。「半身になると歩き方がぎこちなくなったり」するのはまさしくその状態で、正しい動きの結果として半身となっているのではなく半身を作ってしまうから、それ以後が駄目な動きにしかならないのです。
 大元から稽古を積み重ねてください。(貫汪)

8月15日

本日は前回先生にご指摘いただいたことを意識して稽古を行いました。
刀を持った歩法がうまく足が運べませんでした。
刀を持った時の感覚や半身を意識するあまり体に力が入っているようでもありました。
礼法の基本に戻り、日頃から力んでいることが癖になっているようなので、
力を抜いていけるようにしていきたいと思います。(阿)
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 刀は体の一部であり少しでも刀を持つとか構えるという意識があれば体の調和は乱れてしまいます。
 まだ外形を作ろうとしておられるのだと思います。形を作ることは絶対にしてはなりません。自然にそのような形になるのです。
 そうなるための理論はお教えしてあるので指導に忠実に、少しも自分の思いをさしはさむことなく稽古を重ねてください。今の段階で一番大切なことは僅かな力みであってもなくしていくことです。そのための手掛りは引力に従う事です。(貫汪)

8月11日

 今日は、先生を久留米にお迎えして稽古をつけていただきました。
初心に立ち返り、礼法、歩法、刀を抜いての歩法、そして斬撃とおこないました。
日頃の稽古では忘れて置去りにしていることや、気付かない事を拾い上げて改めて稽古いたしました。
本当はこういう事をやっていかなければならないのだけれども、現実にはいい加減にしていたのだと気付かされます。 入門して何年も経っている我々も大変いい稽古ができましたし、初心者の方もこれからのどうゆう稽古をしていけばよいか分かられたと思います。(浩)

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 礼法は稽古の度に毎回行っており、また歩むことや斬撃も同じです。これらの動きがいい加減になっていてはそれを基礎とした形も、それ以上のものになる事はありません。初心のうちにこれらの動きを身につけていないとしたら初めにもどってやり直すしかありません。
 私が初心の内にきっちりと指導しているものが、行われなくなっていたとすると稽古全てがいい加減なものになっているという事です。何を教えられ、何をしなければならないのかを確認しながら稽古を進めてください。駄目な動きを重ねていれば駄目な動きを身につけるための稽古になってしまいます。そのようになっていないと断言できるように自分自身に厳しく稽古を続けてください。
 自分を上達させるのは自分以外にはありません。(貫汪)

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本日は先生に久留米においで頂いて学ばせていただきました。ありがとうございました。
礼法、歩法、刀を抜いての歩法、斬撃の際の肩より上がらないように稽古を行いました。
やはり体に力みが入いり、ご指摘をいただきました。また、目線が下がることも多く気をつけてまいりたいと思います。
先生にご指摘いただいて多く気づくこともありました。特に体の力みは稽古のみならず日常生活で意識できるようにしてまいりたいと思います。(阿)

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 初めて廿日市で指導した時よりも固くなっている感じがしました。形を作る悪い稽古を重ねられたのだと思います。形は自然とそうなってくるものであり大切なのは中身です。形を作ってみても張子の虎にしかなれません。 
 こうするのだという思い込みを捨てて、私が指導したことに素直に取り組んでください。(貫汪)

8月8日

 先週が場所を借りられませんでしたので、前回刀を手にして稽古してから少し間があきました。
少しでも間があくと、動きの中に雑な力みがはいって来るようです。 刀や身体が止まる時にもつい力んでいるのが分かります。業が本物に成るまで継続した稽古が必要に感じます。
 ところで、近頃入門された初心者の方達は、なかなか毎回稽古に参加できないようですので、何ヶ月も最初の一歩で足踏み状態になります。 出来る事ならお手伝いいたしますので、もう少し稽古できる環境を作るように努めてみて下さい。(浩)

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 稽古を始めたばかりの時には連続して稽古をしなければ上達しないどころか下達してしまいます。体を動かしていないのに頭だけが働き、また「すでに何か月稽古している。」とも思ってしまうからです。初心の内に頭だけ働けば、できていないのにある程度できているという錯覚が生じてしまいます。
 道場で各人の稽古時間を記録するようにしてください。何か月たっても数時間しか稽古していない現実がわかるように。(貫汪)
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