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9月26日

 先日は、廿日市での講習会に参加させていただきまして、 鎖鎌や半棒を二人組となって稽古いたしました。
講習会で教えていただいたことはもちろん、相手をしていただきました廿日市の門下生の方にも丁寧に教えていただきましたので、 今日は、教えていただいたことを居合の稽古に生かすことを考えながらの稽古でした。
すぐにはうまくいきませんが、しっかり考えて稽古のあり方を工夫していこうと思います。(浩)
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 大切なことは過去の自分をすてることです。過去の経験に基づいてとか、これだけ経験してきているのだからという無意識の思いは新たな事を習う上において障害にしかなりません。
 生まれ変わるためにはすべて捨て去らなければなりません(貫汪)

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 本日は礼法と歩法の稽古を行いました。特に礼法では先生よりご指導いただいた部分を意識して行いました。
 いくつかの動きに癖になっているところがあり、それが以前は改善されずに進んでいたため、礼法と歩法については丁寧に稽古を努めたいと思います。
 また、兄弟子の礼法や歩法を見て学ぶことも、稽古で今まで以上に行なっていくようにしていこうと思います(阿)
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 極意は己の内にあります。他者の動きを見てまねたところでそれは物真似にすぎなくなってしまいます。本質が自分の内で理解できれば、他者のできていないところが見えてくるはずです。他者のできていないところが見えていないうちに他者に学ぼうとするのは危険です。まず己自身を見つめてください。(貫汪)
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9月19日

 先週初めて先生に稽古を付けていただいた方が、今日も来てありまして、復習されてありました。
ご指導を受けられて、良くなったところもあります。しかしご自分が今までに身に付けられた癖が出てしまうところも見受けられます。初心者ですので、まだ斬撃の稽古は、始めて日が浅くぎこちないのですが、そう云う慣れていないところに自分勝手な動きが出てしまわれるようです。
 それと経験上、先生に稽古を付けていただいてから日が経つにしたがって、我が現れてきます。 それをきちんと自覚して手直しが出来るかが問題になります。かなりの難題です。(浩)
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 上達の速さは素直さによって決まります。素直さとは習った事に私見を加えず、色眼鏡をかけて特定の価値観から判断せず、自分の経験を頼りにしない事を言います。
 したがって下手に何かを習った事がある方よりもなにも習った事のない方の方が上達は速いものです。何か習ってその価値観が染みついていたり、習った事を頼りにしようという思いがあると、それをなくすのに時間がかかり、何も習った事がない方よりも上達は遅くなってしまいます。
 いかに素直になれるかが上達の分かれ目です。(貫汪)

9月15日

 久留米に、先生をお迎えして、稽古をつけていただきました。
初心者の方も居られ、一緒に礼法から学ばせていただきました。
それぞれにご指摘を受けて、今後の課題、何をどう稽古していかなければならないのかが分かったと思います。
ただ、私は構えようとして構え、刀を振ろうとして振っています。思いが強く、その思いを変えなくていけません。内面を変えていくのは、長年染み付いたもの取り除くようなものでなかなか厄介です。(浩)
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 おそらくは分かったと思われている事でも、皆さん私が求めている事の半分も理解されていないと思います。言葉の奥の奥、そのまた奥にある言葉では表しきれないものを掴む努力をしてください。
 心を変えなければ動きは変わりません。だからこそ武道は修行であるといわれます。単に体を動かしたり、繰り返したりするだけで身につくものであれば修行という言葉は武道には用いられません。中途半端な努力では達成できないものです。(貫汪)

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 本日は先生に直接指導を頂く稽古をつけていただきました。以前よりご指摘いただいておりました、目線であったり姿勢であったり直っていませんでした。そこが直っていないにもかかわらず、そのまま進んでいることに気づきました。もう少し私自身の動きに意識をもって今後の稽古を続けてまいりたいと思いました。
 それは道場のみならず日々の生活で意識してまいりたいと思います。(阿)


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 居合とは非常に精緻な体の働きを求められるものであり、これくらいでよいだろうと済ますことができる動きは一つもありません。日々より深く求めていくことのみが上達につながります。(貫汪)

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今月から稽古へ参加させていただきます。工藤健一(工)と申します。奈良では2年ほど柳生新陰流二蓋笠会に所属してました。実は二蓋笠は座法・歩法など居合系の稽古がなかったため、真剣に取り組むのはこれがはじめてです。しかし15日の稽古の深さに驚いてます。先生が"丹田から出て、内側を流れる気を使う、その気の流れによって刀を持つ(あるいは動作する)"と仰られましたが、これは私がこれまで腑に落ちてないところをよりはっきり理解させたと思います。私は上段の構えでどうしても手が開いてしまい、そこを以前の流派でも注意されていましたが、なぜそれがいけないのかわからなかったため、しばらくすると元に戻ってしまうという有様でした。15日の稽古が終わってからこの「内側の気の流れ」を意識することを続けてます。その成果がいつ出るかはわかりませんが、続けていきたいと思います。仕事の都合上、水曜日の稽古にはなかなか顔を出せず申し訳ありませんが、これからも何卒よろしくお願いします。(工)

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 すぐにできなくても求め続ける事が上達への近道です。これから今までに経験したことがないような体の用い方を段階を追ってお教えしていくことになりますが、おそらくは始めて稽古されることばかりなので初めの内はできなくて当たり前です。
 今までの経験をもとに「こうではないか。」としてしまう事が上達を阻害してしまいます。同じような事でも全く新たに取り組む思いを持って取り組んでください。(貫汪)

9月13日

本日は礼法、歩法、斬撃の稽古を行いました。
しかし、以前からの力みであったり、目線が落ちるといったこと、刀を握ってしまいます。限られた時間の中ですべて稽古するのでなく、礼法や歩法ができていないからこのような課題が解決できていないのだと思います。
今後は礼法と歩法のみ専念したいと思います(阿)
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 道場内では限られた時間しかないからこそ、基本的なことは道場外で稽古いたします。道場内でのみ稽古すると考えてしまったら100年たっても何も身につきません。礼法の稽古や歩む稽古はそれこそ道場ではなくても毎日何時間でも稽古できるものです。(貫汪)
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 礼法、歩法そして、斬撃とおこないまして、形に入り同じように動けるようにと稽古しておりましたが、その思いを持つことが間違いだと気付きました。 ただ普通に当たり前に全てが同じように動けるようにしなければならないと。すべてを見直せということは、そういうことが、感覚で分かれと云う事でしょう。(浩)
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 思いが変わらなければ変化し始めません。思いを変えるところから稽古してください。(貫汪)

9月5日

 このところ礼法や歩法と云うような基礎を中心に稽古しておりますが、応用して使えなければ何にもなりません。
 例えば斬撃ですが、この動きが多少良く出来るようになっても、形の中で同じように出来なけければ本物ではないでしょう。 そう考えて形(初発刀)をおこなってみましたが、形の中での斬撃は、斬撃だけをおこなう時のようにはいきませんでした。 よく考えて、これからも基礎の稽古を続けます。(浩)
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 基礎即ち応用です。斬撃が形の中で使えないのであれば基礎の稽古が正しいつもりでありながら、実際は異なった間違った動きをしているのです。
 また、そもそも基礎とか応用とか区分して考えるべきでもありません。全てを見直してください。(貫汪)

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 本日は礼法と歩法、刀を抜いての歩法を中心に稽古を行ないました。
まずはいくつかできていない部分、体が力んでいたり、目線を落とさないように等注意をし、稽古を行いました。
また斬撃を指導していただきましたが、力みやつい目線を落としたりと基本から外れてしまいますので、基本の礼法と歩法を中心に稽古してまいりたいと思います。(阿)
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 上にも述べましたが、他の現代武道のようにこれは基礎・基本、これは応用などと区分して考えてはいけません。そのような考え方をしていたらすべての動きはバラバラになりつながることはありません。
 全ての事はつながっているのです。(貫汪)
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