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10月31日

 いつも通り礼法、歩みから斬撃そして今日は、大森流まで稽古いたしました。 臍下に意識を置いてそこから動けるように、外側や末端のみで動かないように気を付けました。
 しかし、かたちを作らないということがまだよく分かっていないようで、時々これでいいのか不安になります。
 ただ他人の肚がなく手先だけの動きやかたちを取り繕った動きは分かるようになってきました。
 私も弟弟子も自分自身の動きが感じられないことには、上達はありえないことですので、もっと自分で自分の動きが分かるような繊細さを心掛けます。(浩)
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 自分が見えるようになる前に人の動きが見えるようになります。その意味では確実に上達されています。自分自身が見えるようになるためには常日頃日常生活の中で工夫を重ねていくしかありません。道場の中だけが稽古と考えてしまうと、自分が見える域に達することはなかなかできないものです。
 日常の何気ない動きも疎かにせず、不必要な力を用いず繊細に無理無駄なく全ての事を行うように心がけてください。(貫汪)
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10月17日

礼法、斬撃、抜きつけの稽古をしました。先週、先生からご指導いただき、まだまだ力みに気づけてないことがわかりました。本日の稽古ではいつもよりもゆっくり動き体の感度を上げるよう意識しました。ただ歩法ではゆっくり動くほど足の力みが大きくなってしまいだめな部分が強調されるようです。当面ゆっくり動いてみようと思っています。(こ)
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 よい稽古をされていると思います。自分の体の状態がわからなければ、それを正すこともできませんので引き続き体の感度を上げる稽古をしてください。そのためには日常生活の中での稽古も非常に重要で欠かすことはできません。また、体の感度を上げるためには全ての動きを必要最小限の力しか用いずに行う事を続けなければなりません。
 ゆっくり動くと足の力みが大きくなるように感じるのは実際に力んでいる場合と、足の力みをより感じる事ができるようになっている場合の二通りあります。自分がどちらなのか見つけてください。後者であれば上達しているあかしとなります。(貫汪)
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 いつも通り、礼法から始めまして、抜付けを主に稽古いたしました。 
鞘に手を掛け柄に手を掛け刀を抜く抜付けは、何度も教えていただきましたし、自分でも時間をかけてきましたが、それでも気を抜いて稽古してたのでしょうか、今回ご指導を受けましたら忘れていることに気付きました。
油断すれば、すぐにもとの動きに戻ってしまいます。心の問題だと痛感します。(浩)

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 稽古はくり返しの数ではなく如何に質の高い稽古をしたかによって上達が決まります。へたな繰り返しをしてしまったら時間の無駄どころか駄目な動きを身につけてしまう事になります。
 毎回稽古するたびに、より緻密な、より繊細な動きができるようになっていなければそれは居合の稽古とは呼べないレベルのものでしかありません。
 自分のレベルが上がれば上がるだけ自分が見えてきて、その至らなさに思いが至るような稽古ができるよう努めてください。(貫汪)

10月13日

本日は先生をお迎えして稽古をつけていただきました。
先生に見ていただくと、自分が改めてできていない部分をより確認することが出来ました。
先生より直接、指導を受けて自分自身が誤って稽古していたことにも気づくことが出来ました。
以前からの課題である体の硬さ、形をつくってしまう部分などその時、その瞬間に指摘をいただけたので、次の稽古からは気をつけてまいりたいと思います。
硬さが原因か、重心のバランスがとれないことも稽古中にありました。
体の硬さは癖になっているようです。道場以外で日常でも体の力を抜いて生活を心がけていこうと思いました(阿)
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 あまりに真面目に稽古しようとすると、どうしても体は緊張してしまい。また真面目な方は体の緊張を良しとしてしまう傾向があります。笑顔を見せられた時には体の緊張は緩み体の調和がとれた状態となっていますので、出来ないのではなく、心の状態ができなくさせているだけです。
 上達しているところも多くありますので、自分自身の心の状態を知りながら稽古するとより良い稽古ができるようになると思います。(貫汪)

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 本日は稽古をつけていただき、誠にありがとうございました。今日は座法・礼法からはじまり、斬撃、抜きつけについて指導していただきました。
 座法・礼法についてはこれまで礼をした後、座る際に鞘を床にぶつけてしまうことが度々あったのですが、先生から刀を右太腿にしっかり付けているように指導され、何度か練習するうちに改善されました。また座法について、私は立ち上がる際に上体が前かがみになる癖があり、そのために股関節が硬直し、スムーズな足運びができないことが本日わかりました。膝から下の力を抜くという指導をいただいたのでそれを心がけて練習したいと思います。
 斬撃について、前回は腰が落ちておらず、剣先も上がりがちだったことを先生から指摘されましたが、1カ月の間、気をつけて稽古していたためか本日はほとんど指摘されず、一歩前進した思いです。しかしそれはよしとして、刀を上げるとき、振り下ろすときに外側の力が入っているという指摘を受けました。
 抜きつけについては本日はじめて教わりました。吸気とともに左手を鍔に、股関節の力を抜いて前に倒れ、視線を落とさずそのままの勢いで刀を抜く、という一連の作業に終始頭が混乱しました。私はどうも鞘引きする際に力が入り、鞘を捻って回してしまうので、それが原因で刀をうまく抜けないということがわかりました。左手は鍔に置き、鞘引きの際はそのままスライドするということを心がけて練習したいと思います。
 依然として股関節の力みは抜けていないようで、それが座法にも斬撃にも影響していると指摘されましたので、稽古のほか日常生活の中でも意識するようにんしてこれを何とかしたいと思います。(工藤)

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 礼法は前回よりも確実に上達しておられました。鼠蹊部をさらに緩める稽古をされれば上半身の硬さもなくなり、刀を振り上げ、下ろす時にも臍下からの力が働き、臍下から内側をへて切先までつながるようになってきますので、まずは鼠蹊部を緩めることを心がけてください。
 また、「立ち上がる際に上体が前かがみになる癖」も鼠蹊部の緊張と関係があります。鼠蹊部が緩んでいなければ動作を上半身で始めようとするため、どうしても状態が前かがみになり後方の脚の鼠蹊部は伸びきってしまいます。これは抜付けの動作でも同じで、抜付けは上半身では行わず下半身で行いますので、中心線を保持しながら鼠蹊部(股関節)を緩める稽古を重ねれば上達していくと思います。(貫汪)
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 今月も先生に、久留米にお越しいただいて稽古をつけていただきました。
今年入門された方たちは、もちろん沢山の課題、問題点があるようですが、少しずつ上達されてあるようです。 なかには、何か気付くことがあられたのか、三日前の稽古と比べてずいぶん良い動きをされてあったところもありました。
 私は、このところ股関節を緩めて、内側から動き、外側で形(外見)を作らないようにとご指導を受けているのですが、このことがなかなか分からず迷走しております。廿日市の上達された方たちのことも話していただけるのですが、迷路の出口を見つけきらずにおります。 自分にとってこのご指摘の意味をよく考え、変われるような稽古してまいります。(浩)
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 誰であっても遅かれ早かれぶつからなければならない壁です。悟るのは自分自身であり誰も教えることはできません。今までの自分の人生経験に頼ることもできません。経験に頼れば頼るだけ壁を抜けることはできなくなります。完全に真っ白になって赤子の状態から始める覚悟がなければ突き抜けることはできません。
 自分に向かい合い自分を見つめ勝負してください。(貫汪)


10月8日

 近頃は、礼法や歩法を主に稽古しています。
形を行わないまま時間が終わってしまうことが多いですので、今日は祝日で近くの武道場が空いていましたので、形を主に稽古をいたしました。
 他の門下生にもそういう傾向がありまして、ひとつのことが納得いかないので、疎かにしないところはいいのですが、そのことばかり懸命に稽古されて、終わってあるようです。
 教えていただいたことは全て稽古しなければなりません。時間がないときは、道場でしかできないこと、ご自分の部屋でもできることを考えて稽古しましょう。(浩)
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 述べられているように、礼法や歩む稽古などは自宅でできる稽古です。また刀を抜き納める稽古も家で可能です。こういった稽古を自主的に行わなければ週に1回の稽古では遅々とした進歩しかありません。また遅々とした進歩でしかないために道場でもそのような稽古ばかり行わなくてはならなくなってしまいます。
 それらの稽古を通じて会得すべきなのは無理無駄のない動きと繊細な感覚であり、繰り返して行う事には意味がないどころか下手に繰り返すとパターンを覚える稽古になってしまい、体の動きは限定され不測の事態に応じることができなくなってしまいます。
 私は皆さんのレベルを見ながら指導していますので、私がが直接お教えしているところまでは全て会得する努力をしていただけなければ、指導に行ったときに状況を見て次の段階をお教えするという事ができなくなってしまいます。
 また、同じような事をお教えしても、お気づきになられるかどうかは別にして、より高いレベルの事をお教えしているのですが、それもできなくなってしまい上達のための稽古ではなく、忘れないための稽古しかできなくなってしまいます。しっかり実のある稽古を重ねてください。(貫汪)
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