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11月28日

 今日は、皆さん仕事が忙しく稽古は欠席でしたので、動画の撮影は出来ませんでした。
私は、抜付けを中心に稽古いたしました。 鞘を引く左手が力まないようにと、刀が抜けた後に右手で操らないことを気を付けました。
 まず、刀を横に置いて素手でおこなうのですが、何も持たないと容易に力を抜けます。 その力が抜けた感覚のままで刀を持って抜付けをおこなおうとするのですが、どうしても感覚が変わってしまい、力みが出ます。 まず、この何も持たないときの感覚を保てるように稽古してみます。(浩)
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 刀を腰にしたらできないというのは心の問題です。おとなしそうに見える人でも刀を手にしたら別人であるかのように性格が変わる人もいます。
 そこまでではなくても、刀を手にしたら振りたい斬りたいという心が頭をもたげてくるものです。
 そのようなところを離れ、結果として抜付けが行われているという無心の剱を求めてください。
 また基本的な事ですが、体は左右対称に働きますので、左が力めば右も力み、左が正しければ右も整います。(貫汪)
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11月24日

 今月も先生お迎えして稽古をいたしました。
今回は初心者の方達が、欠席でしたので形の稽古をいたしました。
 途中で細かい部分にもご指導していただいて、思い違いをしているところを正していただきました。 ただ、まだほかにもあるかと思います。 そして、最後にそれぞれに今の課題を指示していただきました。
 それと、何度も口頭で注意されたり、道標に書かれてあることなのですが、日常生活の中でも工夫して稽古しないと道場の稽古だけでは上達しないことを改めてご指導いただきました。 
 例えば、部屋の中で最低限の力で物を動かしたり、運転中に臍下から動いてみたり、昼休みに手に持つ定規の先まで意識を通す、そういう稽古を模索してみます。(浩)
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 会得するためには工夫と努力しかありません。毎日稽古できる環境にないならば、それを補う何かが必要です。
 いつも言う事ですが、週に7日稽古する人が10年で到達するところに至ろうとすれば、週に1日しか稽古しない人は単純に計算して70年かかるのです。
 今までの工夫努力が人よりも少なければ上達の速度も遅く、工夫努力を重ねた上で上達が遅ければ方向性が間違っています。いずれにしても、模索しなければ何も起こりません。(貫汪)

11月21日

 私は、まだ体調があまりよくありませんでしたし、弟弟子は、右手親指の腱鞘炎で抜付けが行いづらいとのことでしたので、歩法や斬撃を稽古した後は、動画を撮りあいました。
 その後、その場で動画を見てそれぞれ気付いたことを話し合いました。
普通に稽古していては、気付かない癖も見えますし、定期的に記録し、残しておいて後で見比べれば、自分がどう変わったかも分かると思います。
 今日は、休みだった方も次回も動画を撮りますので、カメラをお持ちなら持ってきてください。(浩)
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 良い稽古を始められました。今後は映像に残った外形の内にある働きを見てとることができる目を養ってください。外形は内側の働きが表に現れたものにすぎません。したがって外形を正すだけの稽古をしていたら、たんなる居合踊りになってしまいます。
 内側を正す稽古ができるようになれば上達していきます。(貫汪)
 

11月7日

 他の方の稽古をみてまして、感じたのですが、納刀があまりよく出来ておられないのに、全般的に稽古されることは少ないようです。
以前道標にあったとおりに残りの数寸を急に鯉口入れようとし、焦り力みを生じ鐺を大きく自分の右に振ってしまったり、身体が前のめりになりお尻を突き出すような形になって納刀したりしておられるように見受けられました。
少ない稽古時間をご自分で考えて割り振りされておられるのだろうと思いますが、気付いておられないこともあるようです。私ももう一度見直してみます。(浩)
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 可能であれば、ビデオカメラでお互いの動きを撮影してください。稽古が終わって家に帰り、必ずその日のうちに確認し次の稽古に備えるようにすれば、上達の速さが異なります。
 自分の動きが感じられず、自分の姿を心の目で見ることができていないのに、ただがむしゃらに稽古をすることは自分自身を異なった方向へと導いているようなものです。お互いに自分が持っているビデオカメラをもって稽古に臨み撮影してもらってください。(貫汪)
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